のりさんのブログ

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一輝を愛してくださった方々へ

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 次男一輝は、1989年9月19日に滝川市で誕生日しました。

 私には3人の息子たちがいますが、全員の出産に立ち会っています。ちょうど仕事にも差し支えのないときだったのです。

 一輝のときもそうでした。一輝が生まれたとき、羊水を飲んでいたのか直ぐには泣きませんでした。それで助産師さんがカテーテルを一輝の口から入れて、何かを吐かせてようやく泣いたのを覚えています。

 その一輝が生まれて間もなく私たち家族は転勤で札幌へ引っ越して来ました。それが東栄福音キリスト教会との出会いでもありました。私たち家族を東栄教会の皆さんは暖かく迎え入れてくださり、子どもたちも可愛がってくださいました。

 一輝は生まれたばかりの赤ちゃんだったので、教会の子どもたちも格別に可愛がってくれて、遊んでくれました。

 一輝は小学二年生のとき、阿部先生を通して受洗しクリスチャンとなりました。その後、中学生からソフトテニス部に入り教会を休むようになってから、徐々に信仰からも遠ざかっていきました。

 その後、せっかく進学した高校にも行かなくなり、家からも遠ざかって行きました。当時の私たちの家庭が彼の居場所ではなかったからです。

 それでとうとう高校も単位が足りずに卒業できなくなり、彼は高校中退となったのです。これが、そのあとの彼の人生を大きく狂わす要因となります。

 この間、何度も頭を打つような事故を繰り返します。その都度、生きるか死ぬかというギリギリのところでかろうじて命は守られて来たと思います。

 でも、あるときとうとう、これまでの頭部打撲が起因しているかどうかは不明ですが、彼は統合失調症と診断されます。それ以降、仕事ができなくなり、生活保護を受けつつ精神科に通いながら、社会復帰を目指して歩んでまいりました。

 そして、今年、元職場の上司の方によくしていただき、再就職を向かっていた矢先、彼は1月4日未明に何らかの原因で息を引き取りました。死因について、警察が北海道大学での司法解剖と、体内の薬物検査のため科学捜査研究所でも検査等を行いましたが、結局、原因不明の突然死だということになりました。つまり、死因不明だったのです。

 ですから、突然いのちが取られたとしか言いようがない死に方だったということです。私が思うには、彼のこれまでの生き方は常に同じことの繰り返しの中で苦しい思いをしてきました。

 順風満帆だと調子に乗って酒を飲み過ぎて怪我をする。また財布をよく落とす。

 今回も状況的には似ています。でも、彼にとって社会復帰に向かう希望の持てているときに、もうそこまでと特別にピリオドを打ってもらい、痛みも恐怖も苦しみもない状況て天に召されたのだと思います。

 この度、確かに若くして亡くなり悲しいですが、彼にとって希望の中で、そのまま天国へ向かったのだと思うと、幸せな死に方であったと考えております。

 何よりも、彼の病気が発症したとき、私は神学生で手も足も出ない状況の中、東栄教会の遠藤牧師が足繁く一輝を訪ねてくださり、彼の散らかって汚い部屋に上がって祈りとみことばの交わりを続けてくださったことにより、彼の信仰が回復したことは、間違いなく天国へ向かったのだという確信を与えてくれます。

 これまで一輝を愛し関わってくださった皆様へ、心からの感謝を申し上げ、御礼の言葉とさせていただきます。

 また、これから葬儀があり、そのあとも一輝の部屋を片付け、携帯電話等の契約を打ち切る等手続きがありますので、潤滑に一つ一つ処置できるようお祈りいただければ幸いです。