のりさんのブログ

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私はこう読んだ―『聖書 新改訳2017』を手にして


掲載号:2018年11月号
第10回評者 阿部伊作
東京基督教大学図書館司書・学会認定アーキビスト。OMFザ・チャペル・オブ・アドレーション教会員。

読み方を変えさせる聖書

 

① 手にとってみての感慨 歴史の中で

 昨年、図書館内で宗教改革五百年を振り返る小さな企画展を行いました。エラスムス校訂版ギリシャ新約聖書(一五一六年)、ルター訳ドイツ語聖書(二分冊)、ルター「九十五箇条の提題」それらの古書(覆製版)と、刊行されたばかりの『聖書 新改訳2017』(以降『2017』と表記)を並べての展示でした。宗教改革と聖書翻訳の密接な関わりを伝える企画でした。
ショーケースに並んだ聖書を見返すと、古色蒼然とした書物が、語りかけてくるようでした。エラスムスが始めた本文研究からの聖書翻訳の精神は、時空と言語を超えて連綿と貫かれていることが伝わってきます。クリスチャンにとっては当たり前のことかもしれませんが、聖書とは、決して古びることなく、その時代ごとにつねに人々を動かす力を有する神の言葉だと迫ってきました。
また、翻って、所蔵している邦訳聖書の棚に目を向けると、明治元訳(一八八〇年)からのさまざまな訳があり、それぞれによさと課題、翻訳の格闘があり、改訳待望論があったことがわかります。聖書邦訳の歴史約百四十年の中で、「原文に忠実」でありながら「明瞭・流暢・優美」と対立するかの方針の葛藤、「最新の聖書学の反映」など理論や作業プロセスが整えられてきた流れに、この大改訂版『2017』はあると思います。混迷するこの時代を生きる私たちの目の前に、生き生きとした真実の言葉として刊行された『2017』は、待たれた刷新の書物であると受け止めました。

 

② 手で言葉をさわるように読んで
 一信徒としての個人的な読みですが、若い時や苦難の時に毎夜、すがるように繙いたみことばを、『2017』でゆっくり読み返した折り、心に感じたひとつを記します。
詩篇は、今まで以上に「詩」として読め、味わい深いです。間、改行、句読点の変更によって、例えば51篇は、文の分け方が変わり、ただ一つの空行が入っただけで全く違って読めてきました。詩篇作者のうめき、息遣い、痛みがより伝わり、はっとさせられ、一方的だった自分の読みが変えられました。律法・散文・詩歌などそれぞれがジャンルにそった文体となり、旧約新約の連続性といい、その文章は評判どおり良いものでした。
『2017』を読み進めるなかで、総じて感じる印象は、簡潔でわかりやすい、よりこなれた日本語になったということです。わかりやすいことが即、いい訳文というわけではありませんが、意図が汲み取りやすくなった部分が多いようです。そこで改めて気づかされるのは、簡潔になったがゆえに現れてくる文章の奥行き、言葉が浮かび上がってくる、そんな言葉の手触り感です。字面を追い理解するだけの読みではなく、その奥の不可視的な言葉の豊かさを味わえました。
新改訳聖書は、「原文が透けて見えるよう(トランスパレント)」でありながら、同時に日本語として自然な文章を目指す翻訳方針であるとのこと。原文の文法的情報を忠実に伝える逐語的な方法ですが、多義な意味や本来の原語がもつ豊かな質感をも伝えていると思い至りました。深読みでしょうか。新改訳のこの特徴は、『2017』ではなおのこと、前節で触れた「言葉にさわるような読み方」がしやすいようです。たとえば、レリーフの文字をなぞるように丁寧に読むとき、丹精込められた言葉がそのまま自分の魂に刻まれ語りかけてくる、そのような感じをうけます。

 

③ 自らが変えられるような読み方
 最後に、「言葉にさわるような読み方」を考えるときに、どうしても、ハンセン病を患ったキリスト者の方々が、点字聖書を舌先で読まれた「舌読」のことを書かずにはおれません。療養所長島愛生園で生活された全盲の方の著書には、「唇が破れ紙面をしばしば血で染めたが、私は止めなかった。……聖書を読むことを。……舌先で読むようになってから私たちの生活は変わってきました」と記されていました。暗闇の淵でも自らが変えられるような真摯な読み方に、日本人キリスト者として少しでもならいたいと思わされます。聖書は、いろいろな人に開かれさまざまな読み方がありますが、「あなたは、どう読んでいますか」(ルカ10・26)と問いかけてくるようです。『2017』を読むことで、さらに聖書がもっている本来のことばの力が、私たちの心にいっそう深く、強く響いていくことを願います。
良い訳文は、誤りがないことが第一ですが、知らぬ間に読者を本文の深みへいざなってくれます。そして、今回の『2017』は、読み手を深みへいざない、なお読み方をも知らぬ間に更新しているようです。

 

■参考文献
『聖書の日本語―翻訳の歴史』鈴木範久著、岩波書店、2006『闇を光に―ハンセン病を生きて』近藤宏一著、みすず書房、2010